「負けてたまるか」

旧ブログ「筋トレ鍛えるナンチャッテランナー」
筋肉質を目指しながらランナーを導入
筋トレとマラソンの両立で頑張るアスリート
2010年5月本格的トライアスロンにデビュー
2015年、神経内科「てんかん」発症に体調不良で
トライアスロン休止していますが、
いつか市民体育大会で復帰するのが目標。
今でも持病と闘っている中年アスリート。

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8月26日(日)

北海道マラソン2018

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28.2kmDNF

各関門閉鎖時刻にギリギリで間に合った私たちは一歩及ばなかったけど初参戦の甥っ子は力尽きました。並走させたのは私にとっての一生の思い出です。

我がチームの集合場所(撮影:甥っ子)

スタートエリア時、自分のブロックをスルーしてFブロックの甥っ子と一緒に立ち、注目される1分前からテレビ塔の電光時計でカウントダウンを見るのが楽しみでした。しかしテレビ塔を樹木の細かく分かれた枝葉で隠したため見えなくて残念でしたが、スタートしたら動かず1分・・2分・・3分・・ズルズル歩きながらカウントダウンから時間限定ランニングタイムに変わったテレビ塔が見れました。スタート地点から出走したタイムロスが7分13秒、作戦では事前に私はどうしてもハイペース7分/km一定で精一杯だし、甥っ子に先ず貯金を作って後半ペース落ちることを考えて一人で5km毎32分くらい設定をお勧めしましたが、結局は甥っ子本人の意思より私のペース走と並走することにしました。

運動能力低下の問題である私は走り始めると有酸素運動で持久力を高めていませんが、10km以降心肺機能の向上に役立ちます。しかし5km毎36分前後に変動はないけど「姿勢」を意識して走りました。7分/kmペース走をする私はどれだけ「貯金」を減らしたくないのがポイント。5kmが12分、10kmが11分、15kmが9分、20kmが4分、25kmが2分という気持ちがが焦れば焦るほど二人完走の夢が念願が叶いませんでした。

本題に戻りますが、スタートしてから創成トンネルを走ると気持ちを切り替えて、必須の持久力を身につけることがが出来ました。トンネルを出て、10kmを超えて沿道から応援しに来た甥っ子のお母様(義姉)と妹がお見えになりパパラッチ風に撮ってくれました。10km以降距離5km毎制限時間36分と思い込んでいたが、給水、トイレのタイムロスが長引いてしまい15kmから遂に貴重な貯金は減り始めた。19km時点の我がチームの酒盛り女エイドが見えて甥っ子にはコーラ、私にスペシャルドリンクを頂きました。そのスペシャルドリンクとは実は前日にナンバーカード引換え済ませた後に酒盛り女さんに自分用ザバスピットインエネルギージュル梅風味2個を渡したのです(我がチームの皆さんすいません)。飲んでエネルギーを注ぐからまだまだ行けそうだったので得意な一定のペースを維持することが成功。ただ、甥っ子が気になって本人曰く新川通を走りながら「きつい」と泣きべそをかく。20kmをクリアしてタイムを見て貯金が4分??と一定のペースで走ってるのに不自然に思ったら関門の制限時間を書いた腕を見て15km〜35kmまで5km毎33分だった。つまり次の25km関門までは貯金を加えて37分ということで大ピンチ!と心のなかで叫んでいました。後半ペースを落ちることを考えてもう少し体力温存しておく作戦だったのに、貯金を嫁いで少し飛ばして25km通過を目指す。甥っ子にとっては過酷だが、22.5kmエイド時「おじさん先に走っていいよ」と言われて私は諦めない。(笑)やっと25kmをクリアして貯金が2分!間に合った、30kmにも35分が残っているけど甥っ子がどれだけ辛抱できるかは心配だった。27.2kmエイド時、前回エイドと同じセリフを言った甥っ子をやむを得ず放置して私はスタミナが残っていてビルトアップ走で30kmに向けて走りました。だが、28.2kmエイドが見えて様子がおかしかったのだ。関門だったので腕を見たら汗で28.2km部分を消えていたし、時計も遅い1分を設定していたことが原因、時刻は確か12時29分だったかな。甥っ子と並走したことは満足だが、私は珍しく余裕があったので全て計画ミスでしたね。(笑)パーソナルトレーナーから教わった膝のトレーニングは効果があって翌日にも痛みがありません。甥っ子からLINEで「もっと鍛え直して来年リベンジしたいです」と連絡あり、なかなか頼もしいだ、待ってるよ。今回の北海道マラソンは完敗だけど事前に「完走したら来年はフル、完走出来なかったらファンラン」というとんでもないことを賭けていたのです。やはり北海道マラソンといったらフルマラソンですね、止められない。

来年もまた一緒に走ろうな。甥っ子は鍛え直す、私は持病で副作用が強くならないように薬を減らすこと。頑張れ!父さん。

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7月22日(日)

第8回北オホーツク100kmマラソン

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58kmDNF

残念ながら夢が叶いませんでした、来年こそ!

<自己計測>

10km・・・・1:11

20km・・・・1:22

30km・・・・1:35

40km・・・・1:24

50km・・・・1:21

58km・・・・1:37失格

昔の私を知ってる方々は「え?」と驚くかもしれませんが、これが私の実力なんだ。7分/kmペース走で精一杯だけど来月の北海道マラソンに黄信号。

会場で受付のところに行ったら昨年お世話になった手話通訳者<通訳したい>さんとクロさん(1日目太鼓を披露、2日目通訳・ボランティア)は1年ぶりに再会が出来ました。リーダーぶりのジャンボさんの代わりに初対面の美和公さんと通訳者配置などを堪能しながら打ち合わせして頂きました。閉会式にもアナウンサー向け手話通訳者、通訳者の皆さんも大変お世話になりました。

昨年は5日間で抗生物質の点滴して貰って肺炎を治して心肺機能の不安を過ぎってなんとか参加した経過あります。今年は「リベンジして絶対に完走するぞ」と張り切っていましたが、膝に違和感がありどうしょうもなかった。結局は完敗でしたが、膝の痛みは「膝のお皿の下」辺り。最近さぼっていたストレッチをして、柔らかい筋肉したり、体重を落としてから走るという理想だそうですが、78〜80kgの私は筋肉量をもっと増やしたい欲望があるのでパーソナルトレーナーと相談したい。

本題に戻りますが、手話通訳者に「他のろう者から申請したろう者いますか?」と聞いたら我がチームの大先輩白髪坊主だった。やっと会えてその人なら一緒に完走したいと早くもテンションが高まっていました。ウェルカムパーティーで現れた間寛平の雰囲気に似た(すみません)ハチマキ男さんと再会!昨年出会った大会だったので手話で声をかけて下さったのです。メチャkチャ感激!その時ハチマキ男さんはなんか急ぐそうで挨拶程度にゆっくりに話せなかったのが残念でした。翌日、会場にスペシャルドリンクの預かりなど済ませてスタートラインに白髪坊主さんと一緒でしたが、ハチマキ男さんも現れました。私が白髪坊主さんを紹介して3人とじっくり手話で会話させて頂きました、ありがとう!ハチマキ男さん。

右/私の隣が大先輩の白髪坊主さん、なんと年代別入賞者確定したことを知った時は本人が思わず「は?」と一言。左/見て通りにハチマキスタイルが1年ぶり再会したハチマキ男さん。手話で会話の一コマ、白髪坊主さんにも初めて会うのに馴染んでいました。

いよいよスタート、6分/kmペース走の白髪坊主さんがどんどん前に進んで私は7分/kmペース走を走るのにそれでもハイペースで精一杯。運動能力が低下している私は走り始めると有酸素運動で持久力を高めていないので心肺機能を向上させないのがひとつの悩み。20kmに向けて折り返しのところに白髪坊主さんとすれ違って声をかけられてくれたのにこちらは朦朧したまま気がつきませんでした。走行中、ハチマキ男さんにもハイタッチ出来ず、彼は昨年前半6位を持つ実績ですから(笑)。やっと20km過ぎ走り慣れて徐々に持久力を高めるので「これから勝負だ」と言いたいだが、膝に痛みを抱えて片足で軽くぴょんぴょんと飛び跳ねるように走りました。目標設定より遅れ気味なので「30km関門の制限時間は」とスタッフに聞いたらやや余裕あるので貯金を無駄にしたくないから歩かず走りました。やはり膝の痛みを抑えず走ったり、歩いたり焦りを始めました。次の関門は50kmで制限時間は2時間30分ですが、貯金が27分だし残りが2時間57分になる訳だが出来たら各10kmに1時間20分を目標することに。50kmまでコース高低差が少ないが、何故か大苦戦しながらタイムリミット迫る。45kmエイド時点に私たち最下位クラス5人くらいだったと思いますが、その中にゴールドランナーがいました。私は前方を走ってるゴールドランナーの跡を追いながら貯金をズルズル減らしてしまう。「失格したくない」って心の中で叫びながら泣きべそをかいてなんとか中間エイドをクリア出来ました、史上ワースト6時間53分。受付にいた手話通訳者のところに座り込んで休憩したが、50km以降は「過酷と言われる難関コースにはどうせ失格かもしれない」と継続かリタイア申告か迷っていました。関門の制限時間は60km90分、70km65分だから全く自信がないし、少しくらい奇跡を起こすしかないと信じたいけどやはり痛めてる膝に無理な負担をかけてしまいます。昨年は時間を無駄にしたくないので大福だけでしたが、今年はうどんをやけくそで食べたり、手話通訳者と談話したり(すみません)17分くらいタイムロスが呆れるほど長い。これからも継続すると伝えたら手話通訳者がびっくりしてスタッフに「中間エイドをクリアしたのでこんな時間ですが、これから走ってもよろしいですか」と確認して60kmに向けて走りました。どうして走る気になったのは休憩中トップが完走してきたのがきっかけでした。因みに7時間7分大会新記録。私は60km方向走行中に前方のランナー達の姿が見えず一人走るのが目立ちますが、沿道で小籏を振ったり拍手して応援してくれたのが恥ずかしかった。57.8kmエイドに着いてコップ2杯飲んで関門時間2分前にリタイア申告したらスタッフが「あそこに見えるのは58km表示看板だから思いっきり走ったら?」と言ってくれて諦めずラストスパートに向けて表示看板に辿り着けて時間オーバーにより無念の58km失格となりました。2年連続私たち夫婦でゴールテープを切る夢は叶いませんでした。

昨年の式典で「来年50km走ります」と宣言した実行委員長が男の約束通りに出場して遂に完走したそうです。夢が叶ったというのはちょっぴり羨ましかったですね。今後についてですが、持病に関しては当分ウルトラマラソンを休止して50kmはフルマラソンと変わりないから来年夫婦揃って参加して一緒にゴールテープを切りたいです。

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5月5日(祝)

日刊スポーツ豊平川マラソン

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5km)42:12

今回の挑戦者は昨年札幌エンジョイランニングにデビューしたマニアさん。彼女は歩かずに完走出来て達成感がたまらないということで今回はベスト更新を狙うはずだが・・。喘息そして仕事と学業の両立に追われてランニングする暇がないので前回よりも更にタイムが遅れそうと自信なさそうに話していたマニアさん。ペース走について私の計画では冬季練習無しだとベスト更新は甘くない、狙うなら前回9分/kmで今回は8分/kmがちょっと酷かな、8分30秒/km42分30秒目標設定と相応しいステップ。「とりあえず1km時点のタイムを1km毎に統一したペース設定でもします?それからしっかりとストレッチしよう」とマニアさんに言った。恥ずかしながらガーミン時計購入してないのでスマホを持ったまま測ります(笑)。先ずはスタートして500m時点3分台だと分かり「飛ばし過ぎ、抑えて」とマニアさんに知らせたが、今度は彼女は暑くて上着を脱いでリラックス走りさせるように私が上着を腕に抱えました。息が切れて一瞬足を止めて呼吸しながら走り出してやや速めに1km通過、この後が上がり板だと伝え漏れていた。さすがにバテバテ気味だが歩くことに1kmより47秒遅く2km通過、やはり8分30秒/kmペース設定を調節します。が、下がり板を走ったら目標より33秒速く3km通過後は距離2kmのフラットコースだが遂に失速してフィニッシュにも9分/kmが過ぎてしまうと諦めかかっていたらなんとラストスパートをかけたのです。マニアさんがベンチに座り込んで放心状態に・・・「完走おめでとう、おーい大丈夫かい?」と私をハラハラさせました。マニアさん本人曰く自己ベスト更新は嬉しいけど内容的は喜べないとのことだけど私は走行中「ファイト!ファイト!」と叫んで力尽きました。平均8分25秒/km。

<自己計測>

1km・・・・・・・・・・7:45

2km・・・・・・・・・・8:32

3km・・・・・・・・・・7:57

4km・・・・・・・・・・8:59

フィニッシュ・・・・8:59

ペースメーカーとして参加した私、右が挑戦者のマニアさん。画像の掲載許可ありがとうございます。

Mさんランナーにリアルなエピソードについて スタートラインに立ったMさんを半年ぶりに手を振ったら私に指を指して発達障害のため何か言ったか、私を覚えてくれたかどうか分かりませんが、Mさんとは知的障害者でありながら9年前に並走したことがある。お見送りしたMさんのお母様が話したのが「だから障害者と言っても家にじっといられるわけでもないから健康を維持するため走るからね」と聞いた私も自分の持病を告白してお互いに頑張りましょうと激励して下さいました。ある意味では一度引退する覚悟したが、走るのを止められず続行して良かったと思っています。

2018年の先発は日刊スポーツ豊平川マラソンの報告でした、なので全ての大会に向けてコンディションを整えたい。頑張れ!父さん。

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