「負けてたまるか」

旧ブログ「筋トレ鍛えるナンチャッテランナー」
筋肉質を目指しながらランナーを導入
筋トレとマラソンの両立で頑張るアスリート
2010年5月本格的トライアスロンにデビュー

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今年はトライアスロン休止と発表しましたが、馴染んでいた市民体育大会にエントリーしたら10回出場連続になるところでした。悔しいですな、だけど恩返ししたくてボランティアでもしようと考えていました。しかしチームからは若おっさんはトレイルランニングにはまっているし、デュアスロンの新ちゃんもそろそろトライアスロンデビューしようと相談を持ち込んであったけど事情があって2人とともエントリーしませんでした。その大会にろうあ者が最低1人出場だと手話通訳者依頼して私もボランティアを申し込むつもりでした。残念ですが、そのかわりに6月3日の昼に平岸プールでスイムを行うので応援しに行こうと思っています。昨年の市民体育大会トライアスロンでは大学生の息子と母子とともにデビュー戦を飾ったという異例とか、ジュニア時代から育った消防士も結婚すると嬉しい報告があり色々とありました。スイムもバイクも苦手だけにアットホームでコンパクトな手作り大会なので頑張れる!という実感が湧いて毎年参加したくなります。

↑バイクは眠っています・・・。

いつもお世話になっているのが市民体育大会トライアスロン、小樽アクアスロンのスタッフ盛大をやってくれる島おっさん。親しみ始めたのは2009年小樽アクアスロンだ。私は骨折から復帰したばかり、島おっさんは盛り上がってくれたことを一生忘れない。詳細はhttp://kentrunner.jugem.jp/?eid=301 最近たまたま手話通訳者依頼も配慮してくれるし、アイアンマンジャパンにも島おっさんが審判を務めたので私がバイクが失格のとき迎えに来た島おっさんの胸で号泣した思い出があります。島おっさんの息子たちもアスリートをなさっていると思いますが、昨年浜頓別マラソンに出て往路のとき若手3人組が私より速く走っていました。若手は元気よくはしゃぎ出してお祭りのようでしたが、その大会では参加者が熟年が多いだけに若手がいるのが珍しかった。折り返し点から走ってた私はダウンして歩いていた若手の一人を見てファイトポーズしながら走りましたが、その若手はすぐ笑顔してたが、苦しそうな顔したので心配していました。その頃はお父さんの島おっさんはハスカップトライアスロンで元気よく競技していたと聞きました(笑)私はなんとか完走しましたが、その若手のことが気になってゼッケンはしっかり覚えていたので新聞号外、パンフレットを見たらなんと島おっさんの次男か三男ではありませんか?と驚きました。でも残念ながら50kmでリタイアしました。島おっさんから「北オホーツク(浜頓別マラソン)の件、息子からkentさんと遭遇したこと聞いています。素晴らしい偶然です」とメールを頂きました。島おっさんの息子さんは今年もリベンジするかな、また再会できたらいいなぁと思っています。「挑む、チャレンジ、この前向きが大事ですよねー。」と島おっさん。市民体育大会トライアスロンは今年は欠席ということでとりあえず2〜3年後に復帰したいのが目標。今後の予定は6月4日我がチーム企画で千歳JTA国際マラソン応援ランに参加します。札幌駅〜千歳JTA国際マラソン

庭で梅の花が見事に咲いています、私たち思わず眺めています。またまた持病と闘っていますが「負けてたまるか」

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最近、豊平川河川敷を通してランニングしていますが、ただ今5月間走行距離145km(5月13日現在)10日は気象庁の天気予報大外れ、いくら予想気温が外れたって・・・ランニングコースは15丁目通り、最寄り駅を通してJRあいの里公園駅前1kmに着きましたが、ジムから14.3km時点。そういえば我がチームつどーむ組も以前にスイーツランニング企画を実施しましたが、残念ながら私は持病で参加出来なかった。スイーツとはロイズあいの里公園店なので麻生発だったと思います。コンビニエンスストアに寄ってトイレを借り終わってあいの里公園、JR駅までウロウロ歩いてみました。あいの里に来たのは何年ぶりだろう、そういえば創立を設けた当時私が聴覚障害者協会の組織区内支部長に就任したばかり手話サークルの連携として見守っていた「あいの里手話サークル」は健在しているかな・・・。と浮かんでいました。そのサークルは1999年4月創立だが、篠路と屯田住まい協会会員のご協力を得て区内初級話講習会を修了した受講生も入会して今でも頑張っていますよ、今度行けたら行ってみてくださいねと知り合いの友人から情報を頂きました。今度、また走りたくなりますし、かなり練習量もいいです(笑)帰りにあいの里鉄橋下(?)を見たらその先はなんと豊平川河川敷ではありませんか?そう、橋下を降りて河川敷に繋がっているのです。小雨降り始めたのでドタバタ走りで帰りましたが、なんとも遠かった気がしました。ジムまでトータル31.1kmでしたが、4月の小樽ラン以来はロングは久しぶりだが、ドタバタ走りはきつい。でもあいの里ランはかなり練習になるのでまた来週でも走りたくなるのでサプライズとしてあいの里手話サークルにお伺いしたいと考えています。手話サークル員の皆さんも頑張っていらっしゃるので私も持病と闘うと同じように頑張っていこうと思っています。だから「負けてたまるか」。

現在飲んでる薬は新薬フィコンパを除いて少量を減らして1日トピナ錠50mgka×2、イーケプラ錠250mg×4、フィコンパ2mg×4(就寝前)フラツキは相変わらずだが少し良くなっています。ただ、トピナ錠、イーケプラ錠の共通点注意事項は「眠気、注意力、集中力、反射運動能力などの低下が起こることがあるので、自動車の運転など危険を伴う機械の操作には注意してください」だからドタバタ走りはそうなりますね。

浜頓別マラソンについて、甥っ子はまだ検討中。そんなに本気に悩んでくれるなんて嬉しい。最初は尻島一周悠遊覧人に誘ったが、時期が悪くて断られたですが、道内住まいではありません。今度は浜頓別マラソンにも誘って見たが、丁度いい宗谷にある実家に帰る時期だし、会社の休暇もあって凄く迷っているだそうです。その事情を私に話せるなんて感激しちゃいますね。無理しなくていいから休暇は大事に使いなさい、最低でも一緒に走りましょうとLINEでメッセージを送りました。

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4月の記録はラン200km、スイム3kmでしたが、外ランが2回計66km。来月は栄さんのチーム練習会でモエレ沼外周50kmに参加する予定。目的はサロマ100kmのための50kmペース走ですが、私たち夫婦はサロマ参加せず1ヶ月後に浜頓別マラソンのため経験を積ませていくように練習会に参加決定。今から思えば2011年予想もしなかった完走したサロマ100km前にお馴染の練習会に参加させて頂きましたが、どういうわけか30kmくらいギプアップしたそうです。2011年完走記録「ほっかいどう24時間走」を引用します、懐かしい。確か、自信喪失は何度もあった〜(笑)

モエレ沼公園で受付をギリギリ済ませてゼッケンをつけながらエイド設置など確認してまもなくスタートしました。ロボロボさんと並走してサロマ100kmについてアドバイスを聞きながら走りました。私はウルトラに向いていないことは分かっているが、慣れていないLSDに挑戦、6分/km目標設定にしました。1周2kmL型ぐるぐる回りでしたが、低温のため長時間に体が冷えてるのではと心配しました。長袖シャツ・半袖シャツ2枚重ね、半ズボンの上にウエットパンツ着用でしたが、あまりにも寒さに耐えられず15周ギブアップしました。(翌日風邪でダウンしてしまいました、情けない)残念ですが、目標達成出来ませんでした。反面に履いて走った練習用の軽量のシューズに違和感があったことに気がついたことは良かったかもしれない。サロマ100kmへの道のりは険しくなっていました。
大会に感じたことはまさにウルトラマニアのランナーの世界だなと印象。でも私と同じく初挑戦も沢山いらっしゃるはず。エイドには何も言うこともないけど好きなマラソンをボランティア、応援者に支えられ存分に楽しめているんだと改めて感心しました。だけどウルトラマラソンはまだ好きになれません(笑)

それから話変わりますが、ジムのことフィットネスクラブに通っています。現在のジムは4度目ですが、実は2度目のジムに再入会しています。マラソンを始めたのは2005年、某体育館と札幌つどーむ中心でした。2007年、手話サークル員から「所属しているフィットネスクラブに入会してみない?」とお誘いがありました。2度目のジムに見学に行ったらなんとなんの説明もなく見るだけでした。インストラクターは現在上司だが、当時は戸惑っていたかもしれない。無神経といえば「完全参加と平等」を知らないのは残念。嫌になって2年くらい会社帰りに体育館と温水プールに通っていました。2009年、リストラのため夜勤に変えたので時間の都合で体育館に通えなくなり、フィットネスクラブを捜そうとしました。見学したジムより最も酷いくらいシステムがあったので呆れました。詳細はhttp://kentrunner.jugem.jp/?cid=12 断念し、今のジムにはトラウマもあって行きたくないとのことでわざわざ少し離れたところにフィットネスクラブ(プール付)に行ったらフロント、インストラクターの感じも良くて入会することに決まったが、通勤時間はちょっとでした。たとえ見学したジムはちゃんと説明したら入会して近くて楽々通うのにと悔しがっていました。でも筆記で説明してくれないのは不便は不便。3年くらい通っていましたが、やはり冬道には限界ですね。我慢して通うわけにはいかないからね。次回のフィットネスクラブを捜そうとしたら近所といえば最初見学したジムの向かいにあるフィットネスクラブに見学したらよく配慮してくれたのはいいけどマンシの使い方、レッスンなどつかいづらいところもあって断念、今のジムに入会しました。そこが2度目のフィットネスクラブです。入会して脂肪測定やマシンを説明してくれたインストラクターはとても優勢でしたので安心でいられると思いました。あのインストラクターはいつのまにか辞めていましたが、残念でたまりません。イベント企画「ダイエットコンテスト(だったと思います)」に参加料を払って月に減っているか脂肪率はどれくらいなっているかというイベントですが張り切っていました。脂肪測定なのでどうぞとフロントから教えてくれてジムエリアに行ったら測定を測ってから私は自分から筆記用具を用意して説明されるのが楽しみでした。が、若いインストラクターはプリントしたデータを私に渡して終わり、何も書かないなんてあり得ない!参加費を払っているのに、信じられない。または筆記を意識しない可能もあります。仕方がないが、私にとってはダイエットコンテストに意味がないってことが分かり、辞退しました。当然ですから。しかしアンケート箱があって迷っていましたが、少しでも改善したらいいなと正直に書いて投票しましたが、全く誤算でした。インストラクターたちとの雰囲気が気まずくなって代表からおわび状を貰ったのはいいけど上司たちは若いインストラクター(張本人)をかばっていました。張本人は反省もせずお詫びもしなかったし私から見て上司たちと同様にまだ子供扱いとみてました。暫くして張本人が退職して挨拶メッセージ紙を見たら呆れたっていうか頭に来たことありました。何故かというのは張本人はデイサービスで職員内定(当時)のことだ。ならば障害者の理論を習っているはずだ。なのに何も書かずコミュニケーション手段を無関心な人は福祉関係に勤めるのは矛盾。実は私はアスリート前に福祉に関わりを目指していました。まずはろうあ相談員の協力を得てホームヘルパー2級の資格を取りました。その間に講師は多少手話出来るし、奥様も登録手話通訳者だ。講師から「本当はいけないけど受講生のあなたにミニ講演をお願いしたい。先天的だから分かりやすいと思うけどプライベートは仕方ないが、理論としていい勉強になるだから」って戸惑っていた私は要約筆記の協力してくれた受講生の皆さんにお礼のつもりで理論を受け取りました。多分私の生い立ちだったと思います。修了してから皆さんはヘルパーの道へ歩んでいるが、私だけは未定。働きせてくれる志望の知的障害者施設1軒もないから、ろうあ相談員や聴覚障害者協会などの協力で夕張、室蘭、大阪、京都の4施設を実習させて頂きました。採用にて相談もしましたが、職員は健聴者なんでミーティングしなければならないので私には雑。だから不採用となり諦めていました。なのに張本人は分かっていない理論なんか仕事を就くなんて上司の指導のせいかもしれません。2年前までは若手の入れ替わりが酷くてバイト感覚みたく私の知り合いがいてジェスチャーで会話してるの間の真中に立った若いインストラクターが私たちを珍しくみてましたし、フロントにも信用できるスタッフ女性と筆談かジェスチャー会話をやってるところ、スタッフの後ろから覗かれた私を珍しがっていました。どういう指導しているだろうと言いたかった。3年通っていましたが、スイム上達したくて知り合いが多いフィットネスクラブに入会しました、2015年3度目。メニューもフロント、インストラクターも良いでしたが、設備はちょっと。6時間リレーなんかお願いさせて参加しましたし、いい思い出。が、持病がひどくなりトライアスロン休止して泳ぐのを避けて筋トレとしたら2度目のフィットネスクラブのがいいと思って突然退会しました、会員たちに知らせなくて申し訳なかった気持ちあります。(実際私が再入会してから他にも3人入会してました、びっくり)4度目のフィットネスクラブは今通っているジムだが、2度目のジムに再入会しました。やはりマンシ使いやすいし合ってました。過去はしっかり忘れようと必死ですから。再入会したら上司たちは相変わらずだがあとはガラリ変わっています、若手ばかり、不安となっていました。やはり少し離れた某体育館でも良かったなと思ったけど当時新人2年目(?)インストラクターは元フロント係なのにいつのまにかジムエリアと掛け持ちとなって若手の常識が良くなってる。あのインストラクターが優勢なのできっと影響されているのでは?と感心しています。2度目のいたジムにいた頃、よく笑顔で挨拶してくれたから。フロントだからね。まさかジムエリアまで良くなっています。正直いってジムレッスン講師上司二人は何も変わってないし優勢なインストラクターを見習いたいくらい。もしセミナー開講するなら若手だけでなく上下も関係なく上司たちも「完全参加と平等」を学んでほしい。残念ながら優勢なインストラクターは退職しました、悲しくなったけど私は成長していく若手を応援していきたいと思っています。自分も持病と闘うから頑張るし、だから負けてたまるか!

因みに今のジムは若手へ頑張ってくださいと激励というつもりでアンケートはどこに置いていません。でも障害者は不便は不便。それは別として利用者として意見でね。

「完全参加と平等」<参考資料>

http://www.sangiin.go.jp/japanese/san60/s60_shiryou/ketsugi/094-23.html

http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/rehab/r039/r039_026.html

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E5%B9%B4

 

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最近、更新が月2回くらいペースと増えています(笑) 先回まで読んで分かる通りに持病と闘うのでつぶやきに「負けてたまるか」シリーズを設けて頂きたいと思いますので当分の間にご愛読願います。

新薬フィコンパというのは抗生物質ですが、就寝前に服用する薬です。最初は追加として1錠だったですが、通院は月1回だが、薬の調整で良好なコントロールするため月2回に変更しました。発作を発生せず順調な場合は1錠ずつ増えて早いもので12日診察の時は最終的4錠になりました。が、めまいもなく足が浮遊感覚に襲われるし、ランニングでも水分不足のようなフラフラな状態。ジムでトレッドミルなんか走っても転倒するところもありました。階段の前で浮游感覚に襲われるような状態だと妻が捕まえてくれます。2週間後の診察の時、ちょうど採血検査があって検査項目のなか、CKなんか基準値より測定値が2倍。医師が私に報告書を見せ、前日の夜に筋トレをやっていたことを原因で分かりました。だけど異常が無しですが、次回もまた採血検査するハメに。2日前に筋トレを避けるようにと言われたんで医師すみませんでした。更にランニングには問題がないそうです。

トライアスロン休止でDVDを整理して思わず懐かしく鑑賞していました。その大会は昨年、大雪山忠別湖トライアスロンは10年に亘って閉じて多くのトライアスリート達が惜しんでいました。2008年第2回はリレー部門でまだ泳げない頃、バイク練習生としてお世話になったTeam3in1チームのランとして参加してくれました。1年間、教室に通いながら泳げるようになり、2009年第3回ウォーターオープンデビューを目標でしたが、2ヶ月前に運悪く事故で「右大腿骨頚部骨折」と判明。詳しくは2009年つぶやきをご覧頂ければ嬉しいです。顧みると、ブログを見て「そんなことありましたな」とつぶやく。今回もまた持病と闘っていますが、妻から支えてくれて感謝気持ちが一杯です。次女は3月に1泊2日帰省したが、実は彼氏と同伴して来て結婚話がありました。今年中、彼氏の親から顔合わせとして挨拶しに来る予定です。嬉しいやら寂しいやら複雑な気持ちですが、長生きるように頑張りたい。

来月についてゴールデンウィークは妻とのランニング、豊平川マラソンです。妻は浜頓別マラソンに気合いを入れてるので湯元小金湯まで走る予定です、片道約25km、帰りは送迎バス。甥っ子は浜頓別マラソンでは相変わらず迷っていますが、そろそろ声をかけようかな。遺言のように話しますけど(笑)

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4月9日はチームではないですが、Face bookで結成したトライアスロン練習会のメンバーと一緒にランニングに参加して来ました。手稲駅北口〜北大クラーク像往復27.95kmに休憩を含めてトータル4時間20分くらいでした。若おっさんもいて久しぶりでしたので並走しながらおしゃべりして(毒舌?)彼から離れてしまい、だんだん私は遅れ気味で反射運動能力の低下が起こるだと分かります。しんどくて体が重いくらいで今後の大会には不安を過ぎりました。無事に終えて翌日にいつもなら平気なのに今回は珍しく太股の筋肉痛を泣かせましたので情けなかった。2日後に回復して日常に戻して走っています。

北大クラーク像にてトライアスロン仲間たちと。

 

1週間後に4月16日は我がチームロベックの余市ランに参加。ということは昨年12月忘年会に参加する予定だったのに事前に発作で救急車に運ばれた以来、皆との久しぶりに会えて感激しました。私だけは札幌駅北口から小樽駅まで参加ですが、代表のナスさんに挨拶したら私を眺めたらびっくりしたそうだ、激太りからだ。「無理しなくていいからいつでもサポート車に乗っていいよ」と気を遣うナスさん、「小樽駅まで?余市まで走ったら病気治すよ」とジョークを飛ばす毒舌な若おっさん、私太ってから上がり板に鈍くなったけど並走が多い努力家のツトムマンさんに何度も「大丈夫?」と声をかけられてくれたし、最近、親しみやすくなって話せるようになったつとむさん、敬語をよく使う真面目な後輩だが、心配してくれたサポート車のまらしさん、そしてナスさん達の掛け持ちチームの栄さんが参加して下さったパパラッチでよく撮影してくれました。彼はろうあ者との関わりの持ちたいので手話を覚えたり、自信なければ筆記用具を持参するとか・・・。私よりベテランなランナーでもあります。

走りながらフラフラって感じで分かったんですが、若おっさんに聞いたらやはりフラフラのように走ったんだ。実は12日診察前までは新薬フィコンパ2mg×3錠だったですが、その日から最終的4錠になり就寝30分前に飲んだが所在不明の財布を探したら足がフラフラ状態、睡眠薬のようにやばかった。あれ以来、睡眠でもないのに日中にもめまいの心配はないが、足がフラフラ。そういえばジムでトレッドミルを走ってる最中、フラフラしながら転倒するところもありました。来週、診察で医師と相談して見よう。

本題に戻しますが、小樽駅に着いて38.3km、休憩を含めて5時間くらいでした。走るペースが落ちても仕方がないけど激太りになった体は筋肉付きムキムキなのでぷよぷよな腹じゃないです(笑)

浜頓別マラソンは甥っ子にもまだ交渉中ですが、妻も気合を入れています。

大会フィニッシュで妻と3人でガッツポーズしたいと私は遺言みたいに言っています(笑)

大会までは栄さんのチームの練習会に参加したいと思っています。

だから負けてたまるか。

 

 

 

見て通り激太りしちゃいました。昨年より8〜10kgオーバー気味。

太りせいか暑くなって半袖半パンツの栄さんから脱げ、脱げと勧められて露出度高い姿に変身。

 

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来週は北海道としてマラソンシーズンを開幕します。が、伊達マラソンは参加しません。一発は先回知らせした通りに5月の豊平川マラソン(ハーフ)に出場します。今年はエントリーを縮少して3〜4大会予定です。

2017年出場予定(エントリー済)

5月・・・・・・・豊平川マラソン(ハーフ)

7月・・・・・・・北オホーツク100kmマラソン(ウルトラ)

8月・・・・・・・北海道マラソン(フル)

利尻島にある第17回利尻島一周悠遊覧人G(6月55km)はハーフしか走ったことない妻と一緒に走ろうとテンションがあがりました。宿泊の問題で断念してしまい、夫婦喧嘩したりしたが、前提としてその代わりに北オホーツク100kmマラソンをエントリーしました。私が昨年と同じく100km(制限時間14時間)、妻が50km(制限時間9時間)、100kmのスタートは朝5時だがその5時間後50kmスタートしてゴールが一緒なので私たちはギリギリと考えられるのでフィニッシュのところに2人でガッツポーズするのが楽しみです。いや2人でなく3人かもしれない(笑)実は妻の甥っ子が昨年長女の結婚式に来てくれて私に「おじさん見てよ」と自分のガーミン時計を見せてくれました。そう、ランニングにはまっているそうだ、あれ以来、RHINEやりとりが増えてて今年3月静岡マラソン初フル完走という報告してくれました。そのきっかけに甥っ子を誘って3人でガッツポーズしようと交渉中。

最近、新薬のおかげで嘘のように順調ですが、長女の結婚式でダイエットして67kgなのに現在は75kg以上となっています。医師に聞いたらは「フィコンパ」は1〜5%増加、だけど反射運動能力の低下が起こるし、走るペースが遅くなっています。妻は私のために50kmを挑んてくれます。

3月の月間走行距離は久々250km! スイムも5km。先日はトライアスロン練習会で手稲駅〜北大クラーク像往復28kmを走りましたが、メチクチャ筋肉痛でした。来週もチーム企画で札幌駅〜小樽駅片道走る予定です。昨年と違いで素人戻りですが、100km完走を目指して頑張って活きます。

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2017年になってからもう3月になり、北海道では来月にそろそろマラソンシーズンが開幕します。昨年の12月入院説は大変だったけど、今年に入ってからだいぶ落ち着いて薬の錠数を減らしていました。

服用している薬は2種類、1日2回内訳トピナ錠50mg1錠×2、イーケプラ錠250mg3錠×2といった具合でした。実際は2年前初めて診察を受けたときはイーケプラ錠のみ1日4錠だったのに働く度に発作を治まらず薬が増えて来てしまい妻と相談しながら昨年の秋に退職しました。2年前の良好だった身体に戻れないのが悔しいと毎日、自分を責めています。

1月の終わりに意識不明でまた発作してしまい救急車に運ばれてまたしても先回と同様に1日半昏睡状態でした。結局5日入院しましたが、薬もイーケプラ錠3錠から4錠に増えました。生きる自信喪失は確かだけどどうしょうもない。

3月に入って外来で診察のとき、新薬として抗生物質の薬を追加して見ないか?と医師に言われました。その薬は「フィコンパ」、新薬を少量から開始します。安全に続けられそうならばイーケプラを少量ずつ減らす、あわよくばトピナ中止、最終的に新薬+イーケプラ(少ない量)で良好なコントロールするという説明がありました。

現在飲んでる薬はトピナ錠50mgka×2、イーケプラ錠250mg×8、フィコンパ2mg×1(就寝前)

医師から何度も勧められているのは運転免許証返納のことだ。そのことは怖さは自分が分かっているし、どうしても遠出運転すると集中力が欠けているのに疲れてしまうことあるので今度の更新のときは返納しようと覚悟しています。それに記憶力が衰えていくので不安を過ぎります。反面にどういうわけか体調によってジムに行ってトレッドミルを走り続けていますが・・・因みに2月の月間走行距離は多くないけど、105kmに7分/kmペース40〜75分。筋トレは疲れ防止のため無し。フィコンパのデリメントは色々ありますが、そのなかに反射運動能力の低下が起こるだそうです。自分アスリートにとってはショックですね、だから7分/kmペースが限界。

さて、マラソンシーズン一発目は、毎年伊達マラソンでしたが、今年は一応豊平川マラソンにエントリーしようと思っています。そういえば2年前もエントリーしたのに発作で体調不良のため不参加したんだな。トライアスロンはお休みしておきますが、市民体育大会でもボランティアとして参加してみたいと思っています。取りあえずスケジュールは未定のことまた更新で報告いたしますので今年もおつきあいよろしくお願いします。

今年にぶっかけて「負けてたまるか」

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