「負けてたまるか」

旧ブログ「筋トレ鍛えるナンチャッテランナー」
筋肉質を目指しながらランナーを導入
筋トレとマラソンの両立で頑張るアスリート
2010年5月本格的トライアスロンにデビュー
2015年、神経内科「てんかん」発症で体調不良で
トライアスロン休止していますが、
いつか市民体育大会で復帰するのが目標。
今でも持病と闘っている中年アスリート。

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今週より気温が下がり走りやすくなっていますが、頭痛の回数が多く体調不良でした。因みに2週間の間に痛み止めロキソプロフェンナトリウム錠60mg(痛んだ時1回1錠)は3回を服用しました。

17日・・ランニング6km

20日・・トレッドミル3km、筋トレ20分、ランニング6km

21日・・トレッドミル5km

累計20km、総距離134km。

17日、妻と一緒に6kmコースをランニングしましたが、私はようやく走れました。先に信号で待った妻は拍手しながら「いいぞ!いいぞ!」と激励してくれました。相変わらず妻は47分、私は50分・・・。北オホーツク100kmのなか、そのペースで10kmなら単純計算ではおよそ83分となります。100kmだとしたら830分(13時間50分)なのでエイドの余裕など完全に間に合わない。ペース設定10km78分ペース走をしたら完走可能あるかもしれません。当日天気予報は曇りのち雨、20度だからウォーキングしないで走れるのでは?まあ、無理せず失格まで楽しく走りますように。予想は完走0%、失格99.1%、奇跡0.1%(笑)やるしかない「負けてたまるか」。

話が変わりますが、福祉に関わる仕事を働いている知人と相談しながら転院が決まりました。少し離れたところに札幌のてんかん専門外来1である病院だそうで、専門医を信頼できたらいいなと思っています。


左から妻1足私3足。迷っています、当日2足持参予定

北オホーツク100kmまであと2日・・・はあ〜。

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チーム発足前にサークル員数人がいて他にろう者がそんなに多くなかったけどそのなかに2人いました。同じろう者なので本格的マラソンなんでジョグノートとか大会など情報交換もこなしました。二人といえばウルトラが得意ですね、私はフルで精一杯(笑)。突然二人は健聴者ウルトラ軍団との繋がりを始めてから遠ざかっていて「視野を広げてのびのびと頑張って欲しい」と心のなかで願っていました。2009年他のろうあ者が徐々に普及しており、北海道マラソン初参加であった現在代表のナスさんが打上げのとき私に指を指して「いつかkent先輩を倒してやるぞ」と告白したのでびっくりしました。チーム同士にライバル感覚があって自分を高めるのはいいことだなと嬉しかったと今までも覚えています。2年後にろう者、健聴者が一緒に念願のグループを作って活躍しているチームを発足しました。

<2014年札幌手話サークル連絡協議会会報より>

健聴者ウルトラ軍団に馴染んでいたろう者男性に「我がチームに入会はどう?チームと掛け持ちは問題はないから。自分を強くなりたいので掛け持ちしている我がチームのメンバー3〜4人いますよ。もし何かあっても帰るところがないと困るっしょ、だから貴方はろう者であることを忘れないで欲しい。手話も・・」とお勧めしました。我がチームに入会してくれましたが、もう一人のろう者女性は私の力不足で入会させてくれませんでした。入会したろう者男性の方は最近サロマ10回目完走したり、ウルトラのアドバイス役してくれます。私の願いは我がチームの人に楽しく走り続けられますように。代表ナスさんも頑張っていらっしゃいますから、どんな小さくても私も力になって上げたいので持病なんか「負けてたまるか」。

2年前だったと思いますが、某マラソンでお茶会の独学手話を習った方を見かけました。それは我がチームから情報で分かったのですが、独学手話の方グループが去った後、スマホを置いてたので私から声をかけて初級向きゆっくり手話表現しましたが、通じない。手元に筆記用具がなかったので困っていたし、丁度いい地方手話通訳者ランナーを呼んで解決しました。独学手話の方はなんと舌打ち・・自分通じないから悔しいとか私は音声無しはやりづらかったかなと気を遣いました。手話サークルだったら「読み取れないのですみませんが、もう一度表現してくれませんか?」を学びますけど独学手話教室に結構な差があります。

講習会で頑張っている講習生から「ランナー年輩がスマホあるから手話は覚えなくていいから」と言ってたのでびっくりしたという、それは年だから覚えるのに大変だから無理に手話を覚えて欲しいと言えないからスマホに入力して見せ合うのは素晴らしいコミュニケーションですと講習生に話しました。

他のチームも我がチームろう者たちと交流してみたいのであれば手話を覚えなくていいのでコミュニケーション手段もありますので体験を見てはいかがですか?筆談とか身振りとか。4月のとき他チームベテランランナーが合流してくれて手話は僅かですが、念のため自分は筆記用具を持参してくれたのは感心しましたね。心の通じ合えることが大切なんです。

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先回まで呼吸能力が低下していくことが分かりましたし、ショックを隠し切れないですが、宿題はまだ片づけていません。

12日・・ランニング12km

13日・・ランニング6km、筋トレ20分

14日・・トレッドミル4km、ランニング17km

15日・・ランニング9km、筋トレ25分

累計52km、総距離114km。

暑さが続いて熱中症で腿を高く上げず全く走れない状態だった。落ち込む場合じゃないのでウォーキングをこなしました。本当は競歩でもしようと思ったけど早歩きをしてるのではないだそうです、ポイントは競歩に必要な腕の振り方や足の運び方のドリルです。そのためには重心移動がスムーズでなければいけません。早く分かればチャレンジしてみたかったのに大会は来週なので間に合わない。私は無茶無茶なことしたら筋肉痛を起こしてしまうから。15日私たち夫婦は豊平川河川敷真駒内方面を走りましたが、先に走った妻の姿が見えず私は自信喪失のようにウォーキングしていました。妻は片道1時間予定だったがあまりにも暑くて15分縮少して折り返りして復路を走りました、約7km。私は5kmでウォーキングのペースが落ちて妻とバッタリ会って一緒にウォーキングしました。自分が何度も心肺機能が気になってたまりません。

豊平川河川敷雁来方面片道約9km

いよいよ北オホーツク100kmはあと1週間を迫ります。やはり完走見込みは完走0%、失格99.5%、奇跡は僅か0.5%。取りあえず30km関門時間4時間30分までなのでクリアしたい。あとは奇跡しかない、完走は無理だと分かっていても失格されるまで走ります(歩きます)からちょっと悔しいですね。「引退」を考えていましたが、5km、10kmでも走り続けられますように願いたいので持病と闘います。無理せず楽しく頑張るしかないですね。だから「負けてたまるか」。

北オホーツク100kmまであと7日

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6月ランニング3回58km実施しましたが、先週より練習を再開しましたので6日間6回62辧F睫は

4日・・トレッドミル5km、筋トレ

5日・・トレッドミル5km、ランニング6km

6日・・トレッドミル5km、ランニング8km、筋トレ

7日・・トレッドミル4km、ランニング11km、筋トレ

8日・・トレッドミル3km

9日・・ランニング15km

*筋トレは復活のため30〜45分程度

しかし、変化あったのは復活する前に突然の胸痛、呼吸困難で原因が分からない肺炎と診断されました。ランニングを再開したら5kmも立たないうちに呼吸能力が低下していくのを感じました。2日目以降も相変わらずだが、体力を衰えるとか心肺機能・筋力をバランスよく鍛え方が悪かったか分かりません。ランニング6kmコースを走ったらいつもより10分遅れ気味でしたので7〜8分/kmペースの妻にタイムを話したら「えー!私と同じだわ」と絶句。9日、妻と一緒に目的地である新琴似往復ランニングのとき従来は私が先に走って信号で待ちながら後ろから追いかけていく妻なのに今回は逆になってしまいます。走り終わって腿の筋肉痛や過労状況って感じ。私の走り方は腿を高く上げないし、腸腰筋を使って足を動かすイメージになっていない。前から気になっていたドタバタ走かもしれません。

北オホーツク100km完走に赤信号が見えてきます。制限時間14時間ですが、自分のドタバタ走ペースだとどうしてもあと2時間が欲しい。だけど関門時間もあるし、完走予想の見込みは完走9%、失格90%、奇跡1%かね・・・。特に30km関門時間はスタートしてから4時間30分ですが、ギリギリになりそうだ。本番になってみないと分からないから休まず競歩という作戦しようかな。てるてるまんさんのアドバイス、医師からも無理しないようにと言ってますので失格するまで競歩または走っていくしかないです。あまりスパルタのように完走を!なんて言われたら下手にすると意識不明しちゃいますから周囲に迷惑をかけたくないし。だから「負けてたまるか」。

現在飲んでいる薬は5月にパニックで発作を抑えたせいか頭痛が増えましたので痛み止めを追加しました、もうやだ〜。

1日トピナ錠50mgka×2、イーケプラ錠250mg×4、フィコンパ2mg×4(就寝前)、ロキソプロフェンナトリウム錠60mg(痛んだ時1回1錠)


 

北オホーツク100kmまであと13日

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トライアスロンを始めたのは元々デュアスロン願望でしたので全く泳げなかったからロードバイクと心中しようと決めたのだ。2007年てんとう虫デュアスロンリレー大会に参加し、先日ネットで調べておいたTeam3in1との出会いが始まりました。それはチーム事業であるバイクレンタル(現在はやっておりません)希望なので話し合っていたきっかけでした。1年契約のようにバイク練習生としてお世話になりましたが、もちろん練習会、合宿にも参加したりそれに2008年大雪山忠別湖トライアスロンリレー部門でTeam3in1チームのランに参加させて頂きました。大会には初めて生のトライアスロンを見て鳥肌が立っていました。代表のび太チームの方々から私も昔泳げなかったよ、だからあなたもやれば出来る!と言われたのがやる気満々になりました。バイクを返却してチームに入会せず今のロベック発足までフリーしていました。2009年、小樽アクアスロンで初めてウォーターオープン1500m完泳したときのび太さん、そしてスイムコーチ奥様しずかさんをハラハラさせて喜んでくれたことは一生忘れない。

最も嬉しかったことは道内ろうあ者トライアスロンの仲間が増えることですね。2010年、若おっさん先輩が小樽アクアスロン応援し来てくれて嬉しいけどどういう風の吹き回しかなと思ったら「やってみたい」と言い始めたのです。昔から泳ぐのが得意だが、バイク、ランは未知数だけど翌年に若おっさんと一緒にTeam3in1のスイム練習会に参加し、元さんとしずかさんコーチにフォーム直してもらってそれが若おっさんの武器はスイムを明らかにしました。他にともちゃんもロベックチームスイムも一緒にこなしましたが、彼女はまだデビューを果たしていません。バイクマニアの新さんもデュアスロン大会に4回位出てました。最近、皆と揃ってトライアスロンに出る機会がないけど私がいつか復活するとき声をかけて見ようと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↑2010年小樽アクアスロンにてフィニッシュで。

トライアスロン挑んてみたいなんています?年齢は関係ないよ、やりたくなったらやってみたら。「挑む、チャレンジ、この前向きが大事ですよねー。」師匠・のび太さんの許可をもらってありますのでトライアスロンの全て、豆知識を掲載してあるTeam3in1をご覧ください。ためになりますので!http://sports.geocities.jp/team_3in1/

前日、ジムを変えて復活して半月ぶりにラン5km、筋トレ軽く35分でしんどかったな。焦らずに走っていくからさ・・・。だから「負けてたまるか」。


 

北オホーツク100kmマラソンまであと19日

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ブログを整理してみたら旧ブログ「筋トレ鍛えるナンチャッテランナー」から引っ越しして今年の9月で10周年となります!驚いていますが、特にメインであるマラソンが懐かしくてたまらない。そういえば北海道マラソンで涙を流したランナーの皆さんはどうしてるかなとふっと浮かんでいました。その大会は2008年、大規模を変える前に4時間制限でしたので酷暑の時期だしランナーにとってはなかなか険しい。当時大会応募は申込資格どのハームタイムが1時間50分完走者という条件なので私は2度目のハーフであっさりと北海道マラソン参加資格獲得しましたが、なかなか手が届かないランナーもいました。自分自身も道マラ完走目指すとともに周囲の方々と激しまし合うためにブログを開設したきっかけです。それも自分がろうあ者でありながらアピールしていました。道マラ初参加は2006年より2年連続失格、2008年は残暑でありながら初完走で涙・・・。ブログなど知り合ったランナーの方々は挨拶、筆談が殆どでしたが、コミュニケーション手段は雑だと気がつきました。でも私は文才ないけどブログを編集する度に全く見知らぬ言葉、あるいは普段使ってない言葉を覚えることが出来ます。幅広いランナーのブログのリンクのそれぞれを久しぶりに拝見したらブログ挫折、体調崩れで病気、記録狙いよりファンランで楽しく走る、自分の幼かった子供が中学生になったとか色々な人生を送っていることびっくりしています。特に道マラ初参加と同じランナーは以前、手術してしまいとりあえず応援に廻していますとブログに書いてあったことはショックを与えて自分も持病だし辛いのはよく分かります。ただ悔しいのは情報を耳に入らないのが欠点ですね。私は本格的してから4年後ろうあ者が普及しておりその2年後の2011年代表のナスさんがろうあ者と健聴者(手話サークル員)が一緒にグループを作って活動している念願「ロベック」チームを発足してくれました。札幌手話サークル連絡協議会会報のなか、チームをインタビュー特集したことありましてどの手話サークルからランナー、応援として入会してくれます。手話教室ではないのでろうあ者と触れ合うから通じ合っています。最近、サークルでなく独学手話教室を実施していると聞いていますが、それは喜ばしいだが手話を教えるのはろうあ者の役目ですけど、聞き取り指導のチェックはろうあ者は難しいですし、デメリットもあります。会話がずれるとか会話が成り立たない人もいると思いますが、手話でやりとりしながら心の通じ合えるのが一番です、筆談も。先日、古い知り合いとしてはトライアスリート、我がチームのお得意なウルトラのお二人がサロマ湖ウルトラマラソン10010回目完走のためサロマンブルー申請したそうです。本当におめでとうございました。持病を別として肺炎は良くなってそろそろ練習を再開しますが、かなり不安ですけど。12年前にランニングを走り始めたと違って楽しく走ってますが、持病と闘いは続けていますので「負けてたまるか」。

今回はリニューアル10周年記念として色付文字

文章力下手だし小学生低学年レベルなんで頑張って更新します、笑い事ありませんから。ダウン症、盲目の人もアスリートをなさっていますので自分と同様に「言葉」を覚える、コミュニケーションの工夫を頑張るのです。意見とか情報不足気味な私に知らせて下さると有難いです。アスリートとの出会いは「仲間」だから励みになります。また「負けてたまるか」をご愛読願います。

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本棚の上にたまった単行本の整理したら見つけたのは「10月の満月に一番近い土曜日」(1994年6月発行)。当時購入した時、トライアスロンという言葉を初めて知りましたが、その10年前にTVで深夜放送していた多分国際トライアスロンを見ていた記憶があります。読んだら感動しますが、運動はあまり好きじゃなくてトライアスロンを敬遠しました。5年後に聴覚障害者協会某区内支部長を就任したばかり、行事イベントである講演会にTVでドキュメタリー話題となった「風の歌が聴きたい」のろうあ者トライアスリート高島氏を招いて講演を頂きました。あのとき「完走」というのは運動嫌いな私には通じなかったのであまり感動しなかったのです(すみません)でも講演会は凄く盛り上がっていたこと覚えています。5年後に肉体改善のため筋トレ始めましたが、基本的は有酸素運動なので20分走ってました。いつのまにかはまっており、2005年、いきなりハーフデビューし、メチャメチャ筋肉痛でした。なんか物足りなくて再度「10月の満月に一番近い土曜日」をじっくり読んだら実話を描かれてあったトライアスリート山本光宏さんは苦手なスイムから425人を抜き総合30位でゴールという物語、他に1992年アイアンマンびわ湖アイアンマンなどトライアスロンについて漫画を楽しめる単行本。トライアスロン特集動画もありますのでご覧ください。https://www.youtube.com/watch?v=GXw9xugSVeo

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左がろうあ者高島氏「音のない世界から」、右が「10月の満月に一番近い土曜日」作者/石渡治

ランで逆転した山本光宏さんに憧れていて、そういえば講演してくれた高島氏がチャレンジしたから周囲の人に勇気を与えてくれたので私もデュアスロン(バイク・ラン)からやってみようかなと思ったきっかけです。ロングディスタンスといえば・佐渡 スイム:3.8km バイク:190km ラン:42.2km 制限時間:15時間30分・皆生 スイム:3km バイク:145km ラン:42.195km 制限時間:14時間30分 ・五島長崎 スイム:3.8kkm バイク:180.2km ラン:42.2km 制限時間:15時間 ・宮古島 スイム:3kkm バイク:155km ラン:42.195km 制限時間:13時間30分。私の武器はランですが、皆生か宮古島に向いているのでいつか参加してみたいと思っていましたが、持病のためまた遠ざかっています。でも高島氏が来日して来なかったら私はきっとトライアスロンしていなかったかもしれません。実現に「完走」の感動を味わって分かっていてみんなは「仲間」それぞれ自身に挑戦し自分自身のフィニッシュをくぐるために走っていますから。だから彼に感謝しています。当分の間にトライアスロン休止しますが、メインであるマラソンを続けていますので来週より練習再開します、浜頓別マラソンはいよいよあと1ヶ月・・・。だから「負けてたまるか」。

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今から顧みると夜間診察で神経内科のはずなのに当番制がたまたま内科でしたのでレントゲンに疑問があって辞典とかPCで調べたり「よく温泉とか銭湯行ってますか?」「鶏肉食べてますか」ばかり質問攻めされて余計に不安を過ぎっていました。さて、呼吸器内科に受診してから8日目、最終日予定なので採血、レントゲンを撮りましたが、果たして結果は・・・・。

レントゲンで向かって右側の影は消えました。採血でも炎症の細胞WBCや炎症の目安CRPもほぼ正常値に戻りました。毎日点滴に通っていたので肺炎は良くなってなりましたし、元々喘息もあったということで、肺炎をきっかけに悪化するといけないので吸入も併用していますが、今の吸入を使い終えたら一旦終了で良いということ。ということで点滴せず呼吸器内科受診は終了しました。それを聞いたとき何故かメチャメチャ嬉しくて感激したいくらい、持病のてんかんは別として先回にコメントを頂いたてるてるまんさんの言うとおりに生きて入れることに感謝しつつ頑張って行きたい。妻、そして知人の方々、ご心配をおかけしました。因みにランニング、筋トレなどは今週まで病み上がりなので無理はいけないから休んで来週より体調変わらなければ再開します。だから「負けてたまるか」。


 

 

↑正常値に戻っています、

 最初は数字がなんと3桁だった。

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肺炎と判ってから毎日、抗生剤の点滴を受けて5日目になります。診察時、医師は咳か痰か発熱は出ますかとよく聞かれます。こんな症状は見当たらないし、今日は採血検査そしてレントゲンを撮りました。採決結果はCRPと白血球は最初より随分下がっていますし、レントゲンにも肺の影も薄くなっています。そういえば先日、痛んでいた筋肉痛の原因は胸膜が白っぽいのは炎症が起きるのです。原因が分からない肺炎ですが、時期が悪かったかもしれない、よくある話です、抗生剤の点滴のおかげで良くなっているので良しとしましょう!予定通りに来週火曜日まで点滴を続けてみよう、てんかんの薬の副作用は関係ないと思いますと言われました。前日神経内科の担当医にひどいことを言ってしまった私は情けなかったけど、来月の浜頓別マラソンには間に合うのでなんだか言っても走りたいのできちんと治したいです。

そうそう、東京の甥っ子から返事を頂きましたが、残念ながら不参加に決定。〇纏の休暇を取れない∋ニ擽畊戮函館なら行けたのにという理由。仕方がありませんが、特に妻なんかガックリして吠えてしまいました(笑)最初は甥っ子の経験は浅いので参加するなら50kmにしてハーフしか走ったことない妻を引っ張って欲しいとお願いにしました。以前に他チームのベテランランナーが合流して下さったのが初対面でした。どうやらおしゃべりランナーから私について情報を聞いたそうで私の体を見てはウルトラには厳しいと思っていましたが、走ってみないと分からないですね、頑張ってくださいとメッセージを寄せられました。ベテランの目は間違っていないので自分も5月の豊平川マラソンで分かったのですが、このペースだとやばいと分かります。浜頓別マラソン完走したいのは甥っ子も酷かもしれないが100kmにしてもらい、私がカバーしながら自分も追いかけて走れる作戦しかない。昨年も初挑戦の和さんをアドバイスしながら追いかけて走って5分差で完走したから。今回は残念ながらきちんと肺炎を治して大会に参加して50kmの妻と一緒に完走を目指す。だから「負けてたまるか」。*50kmスタート時間は100kmスタート5時間後です。


 

昨日23日、病院に行く支度するときテレビで「小林真央死去」を見て思わず口を開けたまま泣きそうでした。私はミーハーじゃないがマスコミに興味がないけど妻の方がかなり詳しいです。乳がんステージ4ということで大変だなと単純な感想でしたが、テレビで衝撃を受けたのはりゅうちぇるアプリを使用した小林麻央のりゅうちぇる変身だった。*詳細は小林真央のオフィシャルブログに載せてあります。

闘病生活で苦しんでいるのになんて逞しい人だろうと持病持つ自分が恥ずかしくなった。徐々に小林真央を応援することを意識し始めました。残念ながら旅立ちしましたが、テレビで放送された街頭インタビュー回答と同様に残された家族の皆さんが可哀想です。ご冥福をお祈りいたします。

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先回に掲載した筋肉痛にて理由があって病院に行かなかったので6日くらい痛んでいました。19日の夜から筋肉痛が激しくて寝返りしていました。さらに頭痛も頭が割れるような症状で翌日の夕方まで寝込んでしまいました。翌日診察日なので薬のこと相談しようと我慢していましたが、妻は寝返りした私を見ていられなくて通院している病院で夜間診察に連れてもらいました。当番制は内科なので出来る範囲に対応していいですかと言われてやはり胸の筋肉痛が気になるみたいだそうであちこち検査しながら私に質問したり時間がかかりました。CT検査で画像が分かったのは肺炎だったのです。私も妻も唖然、風邪ひいてましたか?と聞かれてたけど否定しました。2時間の抗生剤の点滴を受けてトータル5時間に夜中12時過ぎ診察が終わりました。翌日に神経内科の診察で薬にて話し合いましたが、医師が言っていたのは今まで徐々減らして順調なのに今頃こんな悪化したことは考えられないんだ、つまり筋肉痛と頭痛の原因は肺炎と考えられるし、服用しているてんかんの薬は悪化している可能は低いとのこと。不安なので薬を増やして欲しいと言ったら原因は肺炎ということでイーケプラ錠はそのまま、トピナ錠は元に戻すことになった。これから飲んでる薬は1日トピナ錠50mgka×2、イーケプラ錠250mg×4、フィコンパ2mg×4(就寝前)。まずは肺炎を優先に治すので呼吸器内科に診察を受けたら「入院」「毎日通って点滴」の2選択肢の話が出て私は1週間分点滴を選びました。最終的はレントゲン、採血検査も欠かせないので効き目がなかったら点滴を延ばす可能もあります。痰が出ますかと前日も今日も同じく聞かれましたが、それは肺炎の原因が分かるのです。でも風邪でもないし、痰も出ないですが、過去に喘息を発症したことあると言ったら喘息は肺炎に繋がる病気だと考えられますと医師がおっしゃっていました。まだ原因が掴めず分かりませんけど・・・・しかし来月ウルトラマラソン(浜頓別マラソンのこと)に出ますけどやはり無理でしょうか?と聞いたら肺炎を治ってからと言われて絶望と思われた私は「まずは肺炎を治療すること」と決意しました。妻も「まずは肺炎を優先してそしててんかんの薬をうまくコントロールしたら良いですね、それからあなたは私に浜頓別マラソン初50kmを勧めてくれて感謝しています」と話してくれました。浜頓別マラソンに出れるように練習も復活したいのでだから「負けてたまるか」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↑喘息の薬「吸入器」昔も服用したことあります。

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