「負けてたまるか」

旧ブログ「筋トレ鍛えるナンチャッテランナー」
筋肉質を目指しながらランナーを導入
筋トレとマラソンの両立で頑張るアスリート
2010年5月本格的トライアスロンにデビュー
2015年、神経内科「てんかん」発症に体調不良で
トライアスロン休止していますが、
いつか市民体育大会で復帰するのが目標。
今でも持病と闘っている中年アスリート。

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先回「年末年始に何か起こるか分かりませんが、くれぐれもお気をつけてください」と転院前の医者もこちらの専門医に同じ事を言われたのが気掛かりだから、2018年をおかげさまで無事に迎えることが出来ました。今年最初の診察日。

4週間の状況を報告しますが、発作や頭痛など記録を書かれたてんかんノートは専門医に見せます。具体的な内容は先月に就職活動を始めて集中しすぎて頭痛を発症が憂鬱になり落ち込んでいたこと。「最近の頭痛は?」と聞かれると私は「あ、そういえば今年に入ってから頭痛を起こさなかったが、むき出しもあるけど感情的で涙もろいが多かった」とうっかりしていました。知り合いや芸能界、そして星野仙一氏の訃報を聞くと悲しみを感じています。先日ひとつ上が増えたばかり、四捨五入で60歳になった自分が恐れているのは死にたくないんだ。それを聞いてずっこけた専門医が「まだ半世紀があるんだ」と言ってましたが、それでも私は不安を過ぎりました。その理由は昔、オタクじゃなくて漫画を読むのが趣味ぐらいですが、マンガの神様で有名な手塚治虫先生、「サイボーグ009」の石ノ森章太郎先生、「スケバン刑事」で同じ干支一回りの和田慎二先生が亡くなったのは60歳でしたから考えなくてもいいことを考えてしまいます。

専門医が気になるのは「頭痛」いつからこういうなったのか?と聞かれて「40代から妙な頭痛を起こし、脳神経外科の病院で何度もCT検査結果は異常なし。3年前、頭痛悪化を訴えて転院前総合病院のところにMRI検査と脳波検査でてんかん波が出ていたことで判明された」とこれまでの経過を話しました。さて、毎度、薬量をコントロールして減薬について正直言って私は自信がない。専門医の判断では今回は今の薬量を服用してもらうが、次回はイーケプラ錠を無くすようにしてみましょうかと言われた。現在、服用している薬は1日イーケプラ錠125mg×1、トピナ錠100mg×2、フィコンパ錠8mg×1、ラミクタール錠200mg×2。

「死にたくない」というフレーズは人生の禁句ですね、「生きたい」ので長生きることに意識を変えたい。マラソン、水泳、自転車と3つとも競技のこれまで辿ってきた道のりを振り返った。今後は新しいことに挑戦し夢を叶えたい、だから夢は続きます。頑張れ!父さん。

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1月前半トレーニング内容

03日・・ラン40km(笑)

04日・・ラン7km、筋トレ35分

05日・・ラン5km、筋トレ45分

07日・・ラン8km、筋トレ45分

08日・・ラン20km、筋トレ45分

09日・・ラン13km、筋トレ20分

10日・・ラン10km

撮影した画像を見たら正しくないフォームだな。それはバーの持ち方と握り方が間違えてるし、首をすくめるように見えるよね。改善すべき点は肘90度に曲げて前腕は押す方向に対して真っ直ぐ、胸と水平の位置に手が来るように構える。胸を前に突き出すようにしっかりと張って肩甲骨を寄せるのが筋トレ効果。腰を反らそうとしないことが注意点。でもなかなか難しい、頑張れ!父さん。

12月28日、6回目のパーソナルトレーニングを受講しました。先ず、欠かせないカウンセリングの具体的な内容は「スッキリしてますね!体重の変動はまたありましたか?」と聞かれたら私がこう言ったのは一時体重がズルズル減ってるけど私の場合は結構有酸素運動を行っているし、筋トレの正しいフォームの効き目があったみたい。トレーナー曰くランニングも筋トレもどういったフォームでやるかで筋肉がしっかり使われるか、使われないか変わるのでその意識づけは大事なことのこと。

大胸筋の筋トレといえばチェストプレスマシン、ベンチプレスですが、今回はチェストプレスの効果とやり方を教わりました。軽量なのに重量を持ちあげたようでフォームが良いから胸にとっては負荷が大きいのです。ジムでも人気ですが、以前から愛用のように適用なフォームを身につけたら胸の筋肉に効かない。フォームが違え目的が違ってくる、重量はただの手段です、回数も。トレーニングには見栄えするからです。パフォーマンスとは逆になりますので自分の身体に意識を集中することです。だから胸の筋肉を使うようなフォームと意識で身体が変るのです。慣れた少しスピードアップして大丈夫だし、あとは自主トレで練習して体で覚えていくことが大切というトレーナーからアドバイスを頂きました。

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2018年が幕を開けました。昨年一年を振り返ってみると、前に進もうとガムシャラに日常をこなしていた一年でした。発作を抑えるフィコンパ錠のおかげで私はランニング続行を宣言しました、なので今年もお付き合いよろしくお願いします。ご迷惑をかけないようにしますが(笑)。

さて、ブログのネタは今まで口を零す部分があったけど、今年からは診察の流れやアスリート日記を中心とした報告をお届けしたい。記事の新シリーズは「頑張れ!父さん」が登場しますのでご愛読願います。それから夢や目標を「2018年の抱負」として知的障がい者、ダウン症者そして初心者さんの楽しく走ることが出来れば私は伴走でなく並走あるいはペースメーカーをしたいです。

2018年出場予定

■豊平川マラソン■

■北海道マラソン■

■エンジョイランニング■

基本的は市内マラソン大会しか参加しませんが、北オホーツク100kmと函館マラソンは妻と甥っ子の意思なので参加したいと言われたら私もエントリーします。豊平川マラソンとエンジョイランニングにはチャレンジャーに申し込まれたらペースメーカーとして無理しないペースで完走まで楽しんで走るためのサポートしてみたい。周回マラソンにはまっていて、それは周回ペースを保って走りたくなりました。

走り初めはとんでもない40km、北オホーツク以来だ!

なんてタフなんだ。頑張れ!父さん。

走り初めは3日にジムでトレッドミル全てにテレビモニターが搭載しており、「箱根駅伝」「相棒」を見ながら走りました。10km×3回、5km×2回トータル40kmにキロ7分なので4時間40分。どの大学は素晴らしい健闘を見せてくれましたが、印象に残っている選手は7区を走っていた駒澤大学のエースである工藤選手。工藤選手の体調不良の原因は「ぬけぬけ病」の可能性があるかもしれない。工藤選手がフラフラになりながらも順位を下げることなく必死に襷を繋いだ姿に思わず泣きそうでした。7区を完走した工藤選手はそのまま倒れ込んでしまっていたのでその後の症状については現時点では詳細が発表されていませんが、今後の選手生命にも大きく響かないことを願うばかりです。

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12月後半トレーニング内容

17日・・ラン5km、筋トレ20分

19日・・ラン10km

20日・・ラン12km、筋トレ30分

21日・・ラン10km、筋トレ15分

23日・・ラン7km、筋トレ25分

25日・・ラン13km、筋トレ25分

26日・・ラン7km、筋トレ20分

27日・・ラン10km、筋トレ20分

28日・・ラン3km、パーソナルトレ受講

29日・・ラン9km、筋トレ25分

30日・・ラン5km、筋トレ15分

31日・・筋トレ65分

月間走行距離:177km目標達成!

振り返って見ると私の持病については我がチームのみ告白しましたが、よそのチームに自分の病気、症状や治療に関するプライベートをバラされたくなかった。そのチームと合流など現場で発作が起こして多大なご迷惑をおかけしました。それから薬の副作用で激太り私の姿を見た我がチーム以外のランナーに「ウルトラ完走は無理でしょうね」とか「てんかんは子供の病気なのに」と言われて私の気持ちは全く理解されていない。自分から話さないと誤解が生じるものなので病気としてなら服用している薬や症状を理解するにはこのブログに公表した訳であります。発作を抑えるためフィコンパ錠を服用してから意識を失うこともなく、ふらつきが良くなっています。マラソンの方は完走、完走ばかりでなく無理せず特技な一定のペースを保って走るのが楽しみなんで続けられます。

可愛い孫のおかげで長生きできると言われていますが、昨年嫁に行った長女はバリバリ働いているのでいつになったら私たちに妊娠を告げにくるだろう(笑)。反面にマラソンにはまっている甥っ子と一緒に走ることを何よりの楽しみにしているから私はまた頑張れると実感が湧いています。うりゃー負けてたまるか。そういえば、今年のエントリー縮少したのに予定が狂ってしまい2つの大会を加えて、自分がはつらつとしたり、ウキウキと明るく元気で走ったのは言うまでもない(笑)。

上京のとき、甥っ子が撮ってくれた画像、お別れの一コマ。実は甥っ子一家の皆さんもパパラッチなんだ(笑)

 

来る年の皆さまの幸福を念じております。

 

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抱負メッセージプレートは昨年に引き続き、「お父さんがんばれ2」

前日、お誕生日を迎えて1つ年が無事に増えました。四捨五入で60歳ですわ。

「妻がどんな時も激励しながら私を支えてくれました」と振り返りつつ、感謝を忘れずに一日一日を大切にしながら生きたい。何事も負けてたまるか。

             

マラソン始めたのは40代なのに誕生日を迎えて四捨五入で60歳!ある意味では精神的に病んでいた時期には妻が支えてくれたことで無事に年齢ひとつが増えたのは感無量。

トライアスロンが好きで止められなくて完走はもちろんだが、無理せず楽しむことを教えてくれたてるてるまんさん。

仕事が好きでも恵まれない環境だからこそ人は成長できるよう頑張っているのを伝わられた浜頓別マラソン手話通訳の皆さん。

私が引退を覚悟したのに浜頓別マラソンで勇気をもらった「よっしゃあ〜いくわよ〜走」の某チーム旧会長(80歳)さん。

さまざまな出会いを通して沢山の学びを得ることが出来たお陰でランニング続行することになって自分の一定のペースを保って走る楽しみを知り、存分に楽しんでいます。それからランニング以外に肉体改造してみたいことでパーソナルトレーニングを受講しています。

<別紙参照>

■てるてるまんさん http://kentrunner.jugem.jp/?eid=546

■浜頓別手話通訳の皆さん http://kentrunner.jugem.jp/?eid=564

■某チーム旧会長さん http://kentrunner.jugem.jp/?eid=563

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「トライアスロンで人生は変わる」思いっきりがむしゃらに頑張ったからこそ、その時の経験は忘れられない。トライアスロン個人の部では市民体育大会(スプリント・ディスタンス)9回、大雪山忠別湖(オリンピック・ディスタンス)2回、苫小牧ハスカップ(オリンピック・ディスタンス)3回、アイアンマンジャパン(ロング・ディスタンス)2回他にいくつかのアクアスロン、デュアスロンも参戦しました。約8年間よくぞやっていたな、運動音痴な自分を褒めてやりたい。

アイアンマンジャパンは夏の思い出づくりに2年連続参加させて頂きました。泣いたり、喜んだり悔しい思いもしたり、溢れた感情は今でも忘れられません。

突然意識を失って反応がなくなるなどの「てんかん発作」を繰り返し起こす病気であることが判明、ドクターストップがかかり、2016年市民体育大会以来参加していません。顧みるとアイアンマンジャパン2回参加したのにいずれにしても未完走だが、凄く残念で心残りなことがあります。2014年アイアンマンジャパン初参加され怖さを知らずに全力で頑張ったが、バイクをクリアしたにも関わらず失格。2015年2回連続参加、病気でドクターストップがかかっていたので自分に気合を入れる場合じゃないと戸惑いを感じました。大会前に定期診察を受けて採血検査の結果は良好だったので全力を尽くしながら大会を楽しむことを目標として参加して来ましたが、苦手なバイクに残念ながら力及ばなかった。その原因として、多くの薬が増えると眠気やふらつきなどの副作用を起こしやすいことが知られていたので当分の間にトライアスロン休止しています。オロオロして泣き出す場合じゃないから、「負けてたまるか」。それにしても先日に上京して甥っ子と一緒にマラソン大会に出たのは楽しかったな、本当に・・。走り続けますよ!

右が2014年、左が2015年のアイアンマンオリジナルロゴマーク商品販売で買ったTシャツ。それにしても完走Tシャツを手に入れたかった、なんたってセンスの良いTシャツだから凄く着たかったのだ。

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見て分かる通り「輪」。強制に手話を覚えてくれと言わない、日常生活でもないのに覚えるのが大変、健聴者にとって役に立つ手話を応援します。手話に興味なくてもコミュニケーション方法を意識すれば意思疎通が出来ますし、ろう者も工夫しています。手元に筆記用具がなくても話の内容によってスマホに入力して見せ合うのは素晴らしいコミュニケーションのひとつですね。

久しぶりに会った手話友達のニッチェさん、お連れの同じ手話サークル員を紹介してくれました。その人はサロマウルトラ完走など経験あり元熟年ランナーは心臓の病気でマラソンをやめたと聞いた時、痛々しいけど最も本人が辛かったのではないでしょうか。手話を始めたきっかけは知りませんが、どう見ても初心者だけど今度会う機会ありましたら嫌でなければマラソンやランニングのあるあるネタの会話でも手話で相手にして上げたいと思っています。

話題を変えますが、社会復帰の準備中ですけど、いくつかの不安を抱えています。以前、退職した会社で作業中に何度も意識不明の状態で事務室に運ばれた記憶なく安静したこと、もうひとつはたまゆらの湯事件(負けてたまるか63参照)が起こしました。あの当時、まだフィコンパ錠を服用する段階ではなかった。最近のてんかん発作が良くなってきたけど油断は禁物だし、頭痛を発症させないように働けたらいいなと思っています。ハローワーク職員からお勧めしたのは「主治医の意見書」を医師に書いてもらって採用面接で自分のことを説明します。「主治医の意見書」とは、主治医が申請者の疾病や負傷の状況などについての意見を記したものです。正直言って思いがけない病気なんて腹立たしくて悔しいものは事実、これからは楽しい人生を生きたい。だから「負けてたまるか」。

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12月前半トレーニング内容

02日・・・パーソナルトレ受講

05日・・・ラン12km

06日・・・ラン5km

07日・・・ラン5km

09日・・・大会参加30km

13日・・・ラン8km

14日・・・ラン11km

15日・・・ラン10km、筋トレ20分

16日・・・パーソナルトレ受講、ラン5km

先回掲載した通りに脇腹の筋肉は内腹斜筋と外腹斜筋あがりますが、脇腹が吊るのはこの筋肉の疲労が原因。もう泳ぎたくないし、安静まで2週間ほどトレーニングを休んでいました。たとえ何があっても8日〜10日2泊3日の東京へ行くんだと心の中で決めていたが、なんとか行けました。9日の東日本大震災復興支援ラン以来、筋トレやスイムは腰痛の痛みを避けるため、ふと気づくとランは昔のようにコツコツ走っています、負けてたまるか。月間走行距離目標は最低150kmを久しぶりにクリアしそうだ。アゲイン!アゲイン!

さてパーソナルトレ受講について今月2日はカウンセリングでは自分から腰痛のこと報告して、メニューはいつものトレーニングバーからストレッチに変えたいと希望しました。ストレッチをすることにより、腰痛を予防改善に効き目があったおかげでラン再開しました。次回の受講にて相談したところ、取り組んでみたい上半身の変化と筋トレメニューをさせてくれることになります。そのきっかけはどうせトライアスロン用ウェットスーツは着れないし、腹部を除いて全ては体脂肪が多く付いてないし、筋肉のバランスが取れているので折角だから胸や腕をバックアップしてみたい。凄くやりがいがあるトレーナーに「腰痛になる心配ありません、鍛えるのが楽しいですよ」を勧められたのです。ということで16日のメニューは上半身の大きい筋肉から始めることになり、最初はラットプルダウンを行います。その筋肉トレーニング種目は背中のマシンですが、全てのマシンは正しい筋肉の使い方が分かりやすいので勧められました。今までは適当なフォームしか分からなかったのですが、実際にやってみると非常に難しく「バーを持ち方」「腕でなく肘を真下に下げる」「姿勢を真っ直ぐ」を細かくポイントやアドバイスを頂きました。自分の鍛えたい部位をきちんと理解しておかないと筋トレ効果を得られません。

実行する前にカウンセリングではトレーナー曰く少し体重落ちましたか?スッキリしてます、全体的に・・って言ったら「なんで分かったの?」と私は唖然(笑)。初めてパーソナルトレ受講時は77kgなのに4kg減っています。最近運動の頻度上がったとか食事とかと聞かれると私が「いや相変わらずドンドン食べています」と言ったらこけてしまったトレーナーでした。

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我がチームつどーむ組の夢ちゃんから「火曜日から木曜日まで3日間つどーむで走ります」とLINEで連絡があり、私は水曜日に練習会に参加しました。参加人数は2人でしたが、夢ちゃんは知り合いランナーとビルドアップ走を行い、私は彼女のペースメーカーを走れなくなったため1人で7分/kmペース走を超遅く走りました。それぞれの練習を終えて談話に入り、夢ちゃんは今年フルマラソン念願のサブ4をクリアしたのであと15分くらいのタイム短縮するのが目標、だけど夢を叶えたとかタイムが思うほど伸びないのであれば終わらせるじゃない、タイムに拘らずウルトラを楽しみたいと言ってました。そのこと聞いた私も5年間自己ベストを狙っていたが、持久力が落ちてるのをきっかけにハーフは110分以内、フルなんか6分/kmペース走で楽しんでいたのに、最近は持病ありながら超遅く走り続けています。夢ちゃんが走ったメニューはビルドアップ走だからスパルタ方式ではないので持久力とスピードアップに効果的なトレーニング方法。疾走距離、疾走速度、本数、休息時間、休息期のジョグの速度などさまざまな要素を目的に合わせて調節でき、内容によってトレーニング効果が変わります。それが夢ちゃんに合ったメニューなのでぐんぐんタイムは縮まります。「懸命に走りながら自己ベスト超えても挫折するなんて勿体ない。健康維持のため走り続ければいいじゃん!走りれなくなるまでね」2人の顔を合わせました。つどーむ組練習会は今年で最後だと思うかもしれないが、帰る際の挨拶「1年間お疲れ様でした。来年もよろしくお願いします、良いお年を!」とすれ違いざまに手を振ったのでした。ふっと思い出すけど我がチームつどーむ組発足したのは2014年3月だったかな、いつのまにか4年目・・・。あの頃は私が良好な身体であり最前列を務めたとか懐かしんでいます。夢ちゃんと抱負を話し合ったように「無理せず走り続ければいいじゃん」だから負けてたまるか!

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12月9日(土)

第10回東日本

大震炎復興支援ラン

品川・大井スポーツの森大会

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(30km)3:11:26

事前に鉄人アスリート福島出身の高島良宏氏に大会のことを連絡したら「感謝している」と感動の気持ちを伝えられました。それから腰が吊ってしまい2週間ほどトレーニングを休んでいましたが、大会4日前やっと再開してランニング12km、5km、5kmで3日連続合計がたった22km。ま、気にしないからマラソン歴12年の意地を張って当たって砕けろって感じ。いよいよ本番当日を迎えて前日は雨が降っていたのに天候が良くて初めて甥っ子と二人っきりで行動し、宿泊地から会場まで「ほら見えるのは東京タワーだよ」「あそこが箱根駅伝コースだよ」「ほれ大井競馬場」とか観光案内しながら徒歩しました。大井ふ頭中央海浜公園スポーツの森陸上競技場内に到着し、引換証と交換でゼッケンの受け取りを済ませて大会スケジュールでは10月に参加した札幌エンジョイランニングと似た大会だった。参加賞は無しですが、以前掲載した通りに参加賞相当額に当たるお1人様あたり300円を日本赤十字社を通じ東日本大震災義援金に寄付するためです。スタート時間は駅伝など全種目によって違っていますが3km周回コースを走ります、競技場(スタート)→外周遠路→競技場(周回・ゴール)みたいなレース。外周遠路を走りながら大井ふ頭が見えるし、大井スタジアムの前を通したり10周(30km)ぐるぐる走り回りました。甥っ子は12kmの部午後1時スタート待機なので1周ごとに通過してからガッツポーズショットを披露した私を撮影してくれました。

大会MCで会場中を駆けつけて盛り上げたものまね芸人のM高史。最初はてっきり本物・川内優輝かと思ったらネームゼッケンを見て気がついたのだ

周ごと通過してガッツポーズ、5周目から「5」「6」「7」表現!撮影してくれた甥っ子を笑わせた。ちょっとやり過ぎかな。えーい、持病をぶっ飛ばせ!負けてたまるか!

応援で観戦はスタッフ、ボランティアしかいなかったけど自分にとって練習のための練習で満足だった。8周目を経過した時点は甥っ子がスタート直前までの準備でしたので6分37秒差、私を追いかけて並走に期待してなかった(笑)。9周目通過、外周遠路そして競技場に入ってゴールが見えると思ったら後ろから甥っ子が追いかけてきてくれた。念願の並走はいいけど私へ配慮がなくあまりにもスピード感があって200〜300mを必死で走ったが、甥っ子は周回コース、自分はゴールへ分かれて完走しました。ラストスパートがあまりきつかった。仕返し(?)として甥っ子の3周目とゴールを撮影して楽しめました。私の記録証を見た甥っ子は「あー惜しいな、入賞逃したな」、年代別順位7人中4位。実は50歳以上の方には10歳刻みで男女別各年代1〜3位の方に賞状を授与するだそうです。それから個人の部では女性の頑張りが非常によく目立っておりました。中でも30km女子の部1位に入賞したランナーさんはなんと男女合わせての断トツ1位の記録!因みに私は31人中25人位だが女性3人に負けています(笑)。甥っ子は元々私のコミュニケーションがとれないため話す機会なかったのに昨年マラソンにはまっており馴染んでくれて念願叶っての並走、まさしく新鮮でした。今後については甥っ子が来年出てみたい大会は函館マラソンか北海道マラソンなのでただ今検討中ですが、また一緒に走ろうと約束しちゃいました。今季シーズンは本当に本当にこれで終了します(笑)。

待ちに待った並走を実現した!甥っ子とのツーショット。しかも背がデカいっす

1周3km毎ラップ計測

03km・・19:05    18km・・19:05

06km・・18:43    21km・・19:15

09km・・19:06    24km・・19:38

12km・・19:15    27km・・19:13

15km・・19:16    30km・・18:56

目標7分/kmペース走設定なのに意外に6分23秒だった。2周目から7周目まではガッツポーズ、8周目は甥っ子がスタート直前に身振り会話でタイムロスを含めています(笑)、10周目は無理やりにラストスパート。甥っ子はこちらの記録を見てどういう風に思っただろうかね。

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